リマ(Lima

 

ペルーの首都リマは、アンデス山脈の頂きを越えるとボリビアになる西側と、太平洋との間に位置している。アメリカ大陸の先史時代の人類から特に南米にまたがるアンデス文化の起源から、海岸地方に住み着いた人々、形成期のコトシュやチャビン文化、ナスカ、モチュ、ティワナコ、リマの文化からワリ文化、隆盛を極めたインカ文化時代、先スペイン期と王国文化や後期地方文化などから現代に至るまで、さまざまな遍歴が歴史に織られたきた。中央アンデスに位置するペルーは、紀元前7000年から16世紀のスペイン人による征服時代を経て今に至るまでの壮大な民族の大河の流れがとりわけよく見えるという

と過言だろうか。ペルーの人口の半分が海岸沿い、36%が山岳地帯、11%がアマゾン地帯に住んでいて、首都リマには750万人が居住しているという。

空港から市街地に入るまで、雑然としたくずれかけた焼きレンガやトタンの家が無秩序に並ぶ通りがつづく。それは、アンデスの山並みに見えた自然とともに暮らす営みとはかけ離れた景色であり、近代化を求めて都市に住む人たちの営みである。白人、メスティーソと呼ばれる混血の人々と、都市部にすむ先住民との区別が難しくなっているので、人口の比率の変化は近年著しい。このことからも、特に都市部ではインデオの文化は変遷をたどるにちがいない。

 

          

 

メスティーソの踊りには、征服されたことによるトラウマを払うかのように、インディオとスペイン人に扮した人々が踊りを楽しむ。前者が後者をからかう形だったり、いじめられるが仲直りする形であったりという内容になっている。

 

 

   

 

華やかな色の衣装をまとい、面をつけ一見楽しそうに踊っているが、深い傷跡を払拭する為に出来上がっていったそれらの民族舞踊は、音楽とともに哀愁をおびている。クスコで、マチュ・ピチュから帰る列車の中で、また、ペルー料理のレストランでこれらの踊りを見た。それは、ペルー全域いや、アンデス全体に流れる音楽であり、自分達の宇宙観への回帰を望景する踊りなのだと思う。

 

  

旧市街の中心「マヨール広場」           ミラフローレンス地区

 

旧市街地はスペインに征服にされた時代に建造された歴史的な建造物が軒を連ねる。植民地時代の面影と歴史の色を残す旧市街(セントロ)と海岸沿いに開発された新市街(ミラフローレンス)に大きく分かれている。緑の公園、モダンな建物、高級住宅地、ホテル、

レストラン、店などが建ち並びんでいる。太平洋に面して、急に視界が世界に広がる窓口のような開放感がある。ペルーの地形から来る落差と、人々の暮らしの落差とそのバランスが両極端のようでもあり、リマの空気に慣れるまで一呼吸が必要だった。

     

  サン・マルティン広場

 

ペルー独立100周年記念として、アンデス山脈越えを下ペルー独立の父、ホセ・デ・サン・マルティンの銅像が中心にある。この周りには植民地様式のバルコニーが残っている。また、スペインによる征服後、各地域に建設された教会がある。17世紀に建造されたサン・フランシスコ教会はバロック様式の建築の中でも優れたものとされている。実は1536年に建造され1656年の地震により崩壊された最初の建物は土壁と木材の質素なものだったという。1672年に再建されたそのバロック様式では、浮き彫り細工の壁に繊細な石細工で飾られていた。度重なる地震での崩壊はあるものの、当初からの回廊のタイルや格天井が残っている。また、カタコンベが治められている地下墓地も往事を偲ぶことのできるものである。カタコンベは現代の私たちに何を語ろうとしているのだろう。

 

     

 

       

         サン・フランシスコ教会

 

リマの美術

 

リマには展示物が豊富という点で、国立、私立とも二つの博物館があげられる。先史時代の人類の記録から先スペイン期、植民地時代、共和政時代に至るまで貯蔵されている。

この地は地球が生まれてから今に続く遥かなる道筋が濃厚に残っている。南米の尽きぬ神秘は、遠いものでありながら近くに感じたりと、不思議な感覚にさせる。インディオの人々の眼差しが、紀元前から今もどこか共通で、店先で果物を売っている人だとか、運転手だとか、そこここに生活をしている現代のインディオの人々の眼差しに、いにしえの先人達の面影が重ねてみえかくれする。

 

 

  

 

リマで出会った彫刻家K・Mさんのアトリエに伺った。

20余年来、彫塑の制作をしているという。静かな時間の流れるアトリエで、魂から湧出る形を生み出している。ペルーにこなかったら、この仕事に入っていたかわからないと静かに語ってくれた。何が駆り立てるのか。創り出したくなること、ものがこのペルーという土地にあるのだろうか。あまりにも穏やかな佇まいなので、淡々と語る姿におもわずそう問いかけたくなって飲み込んだ。生きている意味と対峙している姿が美しい。

 

 

  

  

 

いくつかの美術館や、私設ギャラリーを案内していただいた。

そのなかで2000年から2005年間のジャーナリスト達による映像を集めた展示は圧巻であった。ペルーのこの5年間に各地で起きた事件や、現場や、出来事を多くのジャーナリストがカメラのレンズから捉えたものである。そのどれもが真実の瞬間であり、その写真が伝えるものは観る人の心に、何が起こり、何が正しく、何を選択していかなければならないかを真正面から問い掛ける。歴史は過去のものではなく、今現在も脈々と続いていくものなのだ。歴史を作っていく者は、他者ではなく、一人一人の行き方の流れである。その時代に生きていることだけでも、担い手の片鱗となる。どんなにちっぽけな存在だとしても、間違いなくその時代を生きたひとりである。その意味で、ものを観るということは、大切だと痛感させられた。

政情が不安定な国にあって、自由に公表する場があることも驚きであった。

 

 

 

まだまだこの国も平安が訪れていない。21世紀に入っても落ち着く先を見出せない。

それは有史以来変わることのない人間の宿命であろうか。自然との共存から離れていくほど、その答えは見えにくくなっていく。

  アンデスの山々は、黙して語らず。自然は、深い沈黙をしたままである。