Machu Picchu(マチュピチュ)

 

 

 

      

 重なり合う石 人は何処にいたのか

       吹き寄せる風 人は何処にいたのか

       過ぎ行く時  人は何処にいたのか

 

       マチュピチュよ

       お前は石の上に

       石を重ねたが

       底にはボロをまとった

       人がいるのではないか

       お前が土に埋めた

       奴隷を私に返してくれ

       石の一つ一つが

       彼の夢に重く

       のしかかっているのだ

 

       (パブロ・ネルーダ  「讃歌と帰還」より)

 

 

観光列車とバスに乗り継いで3〜4時間、「失われた都市」「空中都市」と呼ばれるマチュピチュにたどり着く。インカ族は、首都であるクスコと各地方を結ぶために全長3万km以上に及ぶ広大な道路網であるインカ道を建設した。その中でも有名なインカ道が聖なる谷から聖なる祈りの場マチュピチュに向かう道である。高い所では4200mの山を越えて歩くが、遺跡調査の為1940年代まで立ち入りを禁じられていたという。列車でもスイッチ方式で行きつ戻りつを繰り返しながら秘境へと入っていく。

 

 

 インティワタナという言葉がある。インティは太陽、ワタナはつなぎとめる場所を表す。だから、この名をつけると“太陽をつなぎとめる場所”の意である。ここは、祈りと儀式を行う場所である。岩の上に突き出た角柱や、石に切り込まれた窓のような四角や、形の違った石の置き方は、夏至と冬至に起きる太陽の光の移動にあわせている。インカの人たちの信仰の対象が太陽であり、絶える事のない再生を太陽に願った。夜が明け、新しい日が昇るために昼は夜になり、夜から昼になる変化を新しい周期の始まりとみる。この概念のため、夏至と冬至は、新しい日の始まる良い前兆としていた。クスコのコリカンチャ神殿の曲線状の壁に似ている太陽の神殿は、インカの最高神に捧げられた神殿で、3つの窓は冬至(12月21日)と、夏至(6月21日)に太陽光がまっすぐに射し込むように作られている。

 

       

 

更に、日の変化だけではなく、新しい命の再生でもあり、良い影響を与える超自然への信仰でもあった。またそれは死と再生にも繋がり、死は物事の終わりではなく、新しい段階のはじまりでありより良くなると考えた。それは、階段状にきり彫られ積み重なる石にもその宗教世界が現れている。

  

 

 ワイナ・ピチュからみたマチュ・ピチュは、南方向がくちばしで、ワイナ・ピチュ側はコンドルが翼を広げた形になっている。コンドルはインカの人々にとって神格化された聖なる鳥である。日常の衣類や生活用品に用いられている形であり、また、観光産業に使われるみやげ物の刺繍や布模様や品物に描かれるモチーフとなって描かれている。

       

 

また、その聖なる空中都市は、美しい段々畑の農業区域と、儀式を司る場所や宮殿、太陽の神殿などがある居住区域に分けられている。インカ貴族や祭祀等の住む場所で、外からの侵入がしにくいことなどから、スペインによる征服時代も、攻撃を免れたといわれている。マチュ・ピチュに至る道沿いにも多くの遺跡がまだ解明されないまま眠っている。この地は晴れ渡る青空の下では、物語の中にしか存在しない神に一番近い場所、平和な神聖の街だと思わせる佇まいがある。深い霧に覆われている時は、多分神秘さが倍増して畏敬の念を感じさせることだろう。

不思議な場所である。そう、ただ々、幻のような場所である。